医療現場の実態

2026/8/3

制度が現場に届くまでのプロセスにある構造的な課題

診療報酬制度の現場定着
DPCコーディング業務における構造的課題

はじめに

『医療現場の実態』は、本来たどり着けるはずの医療にたどり着けない「医療迷子」という現象を、医療現場を取り巻く仕組みや制度から解き明かすシリーズです。

医療迷子の困りごとが生まれる場所は、医療の道のりにあるたくさんの「あいだ」です。生活者と医療のあいだ。患者と医療者のあいだ。医療者どうしのあいだ。現場と制度のあいだ。届くべき・出会うべき、医療・声・情報が、お互いにすれ違って迷子になっているかもしれません。

そしてそれは、患者さんだけではありません。紹介先に迷う医師も、前の病院の情報が届かない病棟も、複雑な制度を使いこなせない現場も、同じ構造のなかにいます。本シリーズでは、こうした「あいだ」で何が起きているのかを、具体的なテーマで取り上げていきます。

今回注目するのは「現場と制度のあいだ」です。医療機関が医療を提供し続けるための土台となるのが、2年に1度改定される診療報酬制度です。しかし、この制度が現場に正しく届くまでには、依然として構造的な課題が残っています。本稿では、その実態を見ていきます。

診療報酬改定と現場の間にある2つの課題

2年に1度の診療報酬改定により、医療機関は制度への対応を継続的に求められます。2026年6月に施行された今回の改定は、30年ぶりとなる本体改定率3%超のプラス改定でした。しかし点数が引き上げられても、それが現場の運用に反映されるまでには、乗り越えるべき課題があります。医療機関の約7割が赤字経営を続ける中(※1)、その課題は大きく2つに整理できます。

①制度の複雑さと、現場定着までの時間

改定により膨大な新加算・要件変更が生まれ、多忙な現場では改定内容を網羅的に把握する時間・体制が十分に確保できないことも多くあります。さらに、2年に1度の大きな改定はベンダーの事前対応が進む一方、日々の細かな見直しについてはマスター更新や運用が整うまでに一定の時間差が生じるなど、制度が現場に定着するまでには継続的な対応が求められます。

②属人化・暗黙知への依存

診療報酬の適切な請求には、医学的判断と制度への深い理解が同時に求められます。しかも、判断に必要な情報は一箇所に揃っているわけではなく、カルテや各種記録に散在しており、記録の書き方や粒度も記入者によってさまざまです。担当者はそれらを調べ上げ、経験で補いながらケースごとに判断せざるを得ず、マニュアル化が難しい性質があります。結果として、業務の多くを個人の経験と暗黙知に委ねざるを得ない構造が、多くの医療機関で続いています。

DPCコーディングが抱える構造的な課題

属人化・暗黙知に依存しがちなDPCコーディング

2つの課題はいずれも「制度が現場に届くまでのプロセスに構造的な課題がある」という点で共通しています。「①制度の複雑さと、現場に定着するまでの時間」は制度や加算の種類に応じた個別の対応が求められる課題ですが、「②属人化・暗黙知への依存」は制度の内容を問わず、あらゆる現場で起こりうる構造的な問題です。本シリーズでは、まずこの②から取り上げます。 属人化が生じやすい業務は、加算の算定判断から診療記録の記載まで多岐にわたります。こうした業務の多くは、カルテから必要な情報を拾い上げるところに難しさがあります。なかでもDPCコーディングが際立つのは、拾った情報をもとに、3,000種類を超える分類の中から症例ごとに最適な一つを選び切らなければならない点です。全国約1,761のDPC対象病院(※2)が必ず向き合う基幹業務でありながら、必要な情報が常にひとつに揃っているとは限らず、"最後の一つに落とし込む"までに膨大な確認と判断を要します。本稿では、このDPCコーディングを具体例として深掘りします。

DPCコーディングとは何か

DPCコーディングとは、入院患者のカルテ記録から医学的に適切な診療報酬コードを選定・請求する作業です。DPC(診断群分類包括評価)制度のもとでは、この選定結果によって入院医療の報酬が決まります。

適切なコードを選定するには、カルテに記録された膨大な診療情報を読み解いた上で、医学的な判断と診療報酬制度への理解を同時に働かせる必要があります。担当者だけでこの両方をカバーするのは難しく、複数の職種が連携して初めて成立する業務であり、手順そのものは標準化できますが、細かく枝分かれした分類から個別の症例に最適な一つを選び取る判断は、経験の積み重ねによる暗黙知に支えられており、標準化しきれない性質があります。その上、判断に必要な情報が常に明記されているとは限りません。カルテに直接書かれていない内容を、処方や検査の記録から読み解いて確かめる場面も多く、一つの症例を仕上げるだけでも相応の時間と手間がかかります。同じ医療を提供していても、病院の体制によって制度上の評価が異なりうるのは、こうした業務構造によるものです。

【課題の実態】多くの病院で起きていること

こうした構造的な課題は、病院経営に直接的な影響をもたらしています。体制が十分に整っていない場合、年間数千万円〜数億円の機会損失が発生しているケースも確認されています(※3)。

その背景には、現場が日々直面している具体的な困難があります。

  • 「過去データを元にコーディング内容の調査を行ったところ、年間2億円超の機会損失があることが発見された」(病院長 800床規模)
  • 「ベテランの診療情報管理士の配置やシステム投資もして仕組み化を進めているが、診療録の構造化されていないデータの扱いが難しい」(事務)
  • 「医師がカルテに詳細を書いていないケースもあり、コーディングに向けて膨大な時間をかけて情報収集や確認作業をしている」(診療情報管理士)

これらの声が示すのは、コーディングの困難さが特定の病院だけの問題ではなく、DPC対象病院に共通する構造的な課題であるということです。

現場インサイト|仕組みで向き合う病院の事例

DPCコーディング業務の課題に対し、すでに具体的な取り組みを始めている病院もあります。担当者個人の努力に頼るのではなく、体制整備や技術活用といった「仕組み」で課題に向き合うことで、属人化が個人ではなく構造の問題であることが見えてきます。

武田病院グループ(京都府)

武田病院グループは、京都府を中心に急性期から回復期・慢性期、在宅・介護まで、70以上の施設が連携して地域医療を支える医療グループです。中核病院である武田総合病院では、DPCコーディングを医事部が担っています。副傷病名の確認など、複数の記録を突き合わせる手間のかかる作業が多く、その多くが担当者の経験と専門性に支えられてきました。同院ではこの業務を個人の努力に委ね続けるのではなく、組織の仕組みとして支える形をつくることを課題ととらえ、診療録などの情報から最適なコードを提示する仕組みを導入。毎晩の自動処理により、翌朝には結果を確認できる体制を整えました。担当者はその専門性を、最終的な判断や確認といった人にしかできない業務に集中させられるようになっています。

課題と向き合う病院のコメント

武田病院グループ本部 医療情報管理部 部長 大木達雄氏

DPCコーディングは、医学と制度の両方に通じていなければ務まらない、専門性の高い業務です。当院でも、限られた人数の担当者が経験と知識でこの業務を支えてきました。ただ、これほど複雑な業務を個人のスキルに頼り続けるのは、組織として健全とはいえないとも感じていました。仕組みを整えたのは、担当者の負担を減らし、培ってきた専門性を最終判断や確認といった、人にしかできない仕事に活かしてもらうためです。現場を支える人たちが、より働きやすく、力を発揮できる環境をつくっていきたいと考えています。

おわりに

DPCコーディングにおける構造的な課題は、診療報酬制度が現場に届くまでのプロセスに潜む構造的な問題の一つです。そしてこれは、特定の病院の努力不足ではなく、制度と現場のあいだに生じる構造的な課題です。 本シリーズでは、こうした現場の課題を取り上げていきます。今後は「①制度の複雑さと、現場に定着するまでの時間」など、現場が直面する別の課題についても紹介していく予定です。

「医療迷子」について現場での実感や取り組み事例がありましたら、医療迷子レスキュープロジェクトまでお寄せください。

※1 出典:一般社団法人日本病院会ほか「2025年度病院経営定期調査」 ※2 出典:厚生労働省「DPC/PDPSの現況について」(2025年5月) ※3 出典:Ubie株式会社 顧客へのヒアリング